ヨーロッパ鉄道周遊(1) ローマ(2015.02.24-25)

年の瀬に思い立って本ブログを立ち上げたものの,遅々として筆は進まず,はや4か月が経過した.過去の旅行記を顧みる試みとして,富士・はやぶさ0系新幹線(いずれも高校3年生時のもの)にまつわる記事は作ってみた.外付けHDDから当時の写真を引っ張り出して選定し,加筆修正した文章とともに再構成する作業はなかなか刺激的ではあった.しかし,すでに一度は形になったものを焼き直していることには変わりなく,やはり何か新しいもの,すなわち,まだ形になりきっていない紀行文や写真帳への思いはつねにどこかに抱いていた.そして,開設時に初回の記事で言及したような「かつての日記帳の文体を踏襲しつつも,かといって堅苦しすぎない体裁で,より充実した写真と文章をもって何かしらの表現を試みる場」を本当に実現するためには,膨大な過去分の再編集作業もさることながら,記録が途絶えてしまった2015年3月以降の数々の旅を蘇らせることが欠かせないと考えるに至った.手はじめに,医学部を卒業した直後のヨーロッパ鉄道周遊を,散らばった断片的なメモをもとに振り返ってみたいと思う.

 

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黄昏のアルプスを眺めながらローマへ飛ぶ

2015.02.24

東京・成田(NRT)1110(GMT+9) → Zürich(ZRH)1550(GMT+1)

スイス航空161便/全日本空輸6751便(LX 161 / NH 6751)

 

Zürich(ZRH)1735 → Roma Fiumicino(FCO) 1905

スイス航空1732便(LX 1732)

 

Roma Fiumicino 2023 → Roma Termini 2055

RE 3343 Leonardo Express

 

ローマ(Roma)泊

San Remo

 

2015.02.25

Termini → Ottaviano - S. Pietro

地下鉄A線

 

サン・ピエトロ(San Pietro)大聖堂,バチカン(Vatican)美術館,パンテオン(Pantheon),ナヴォーナ(Navona)広場,スペイン(Spagna)広場などを散策

 

Spagna → Termini

地下鉄A線

 

Termini → Colosseo

地下鉄B線

 

コロッセオ(Colosseo),真実の口,フォロ・ロマーノ(Foro Romano),市庁舎,ヴェネツィア(Venezia)宮殿などを散策

 

ローマ泊

San Remo

 

半年がかりで練りに練った計画を実行に移す時がやってきた.イタリア,オーストリアハンガリースロバキアチェコ,ドイツ,フランスの7か国を2週間かけて鉄道で周遊する.白地図を広げ,時刻表を読み,一から作り上げた旅程である.妄想の段階から始まり,大枠が定まって,細部の調整を行いつつ,追加の臨床実習やら国家試験勉強やらの合間を縫って具体的な手配を進めに進め,ようやくここまでたどり着いた.旅行というのは準備段階こそが面白い.自ら行った準備があるからこそ,実際の旅程が数倍も楽しくなる.既製品に参加するというのは,手間を省いてスペクタクル的な面白さのみを求めるなら便利だろうけれども,それは旅行というよりも「遊び」に近い.

まずはスイス航空でチューリヒまで飛び,そこからローマ行に乗り継ぐという一日がかりの長旅.ユーラシア大陸を渡る12時間は相変わらず退屈だが,スペイン旅行のときのKLMとは違って座席にずいぶんとゆとりがあるのが救いであった.チューリヒ空港は近代的で実に綺麗な空港.ローマへ向けて夕暮れの滑走路を飛び立ちぐいぐいと高度を上げていく中,眼下にのぞいたルツェルン(Luzern)湖と,遠景に聳えるアルプス(Alps)の山々が黄昏の赤い雲に包まれてゆく様子,そしてやがて雲上に出ると太陽がはるか西の彼方へ沈もうとしている光景が,妙に印象に残ったのであった.そしてしばらくの航行の後,飛行機は漆黒のティレニア海を右手に見ながら,オレンジ色の灯りが煌めくローマの街へと降下してゆく.市街地は夜の雨に霞んでいた.着陸後,滑走路をたたく雨粒を機窓からぼーっと眺めながら,明日の天気はどうなるのだろうと気を揉んで,ドアが開くのを待つ.

荷物が出てくるのが遅く,空港を出たのは20時過ぎであった.いきなり「チョットマッテ,チョットマッテ,Leonardo?」と話しかけてくるいかにも胡散臭いイタ公に出くわしたのにはたまげた.そうだ,ここはもう日本ではないのだから,気を引き締めねば.空港直結の駅へ向かい,テルミニ(Termini)駅まで直行するLeonardo Expressに乗車する.テルミニの周辺は,とくに夜遅くということもあってか,何の目的で駅へ来ているのか定かでない手ぶらの人間がうろついていたり,数多くの浮浪者が入口にたむろしていたりと,かなりガラが悪い.宿は徒歩5分程度のところに取ってあったのでひとまず荷物を置き,駅地下のスーパーで酒とピザを仕入れてから部屋で飲み会となる.

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空港とテルミニ駅を結ぶレオナルド・エクスプレス

日程に余裕があれば一都市に2~3日を費やしたいところだが,ローマに充てられるのはまる一日のみである.とくに詳細にスケジュールを立てておいた.翌日は日の出前に起床し,7時半過ぎに地下鉄でサン・ピエトロ大聖堂に到着.まだ大して人は並んでいなかったが,それでも入るのに15分ほどを要した.ここは空港並みのセキュリティ・チェックが律速となっている.

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カトリックの総本山

大聖堂は,さすがはカトリックの総本山といった風の圧倒的な建築で,息を呑むばかりである.有名なミケランジェロピエタ(Pietà)も鎮座していた.外へ出ると,列柱が立ち並ぶ楕円形の広場に,燦然と朝日が差し込む.たしか予報では天候は勝れなかったはずなのだが,すがすがしい順光で大聖堂を撮影できた.すでにたくさんの人が入口に並び始めていた.

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サン・ピエトロ広場

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陽光にきらめく大聖堂

大聖堂とバチカン美術館は扉を隔てて中でつながっているのだが,ここはツアーの団体客向けの通路となっているらしく,我々は外から大回りして美術館の入口から入り直す.すでに入場の列が城壁の周りにとぐろを巻いており,大混雑.観光客が集まるところには胡散臭い人々も集まるもので,ダフ屋と思しき連中,怪しげな海賊品やパチモンを売る者,楽器を演奏する人などなど,その内訳はさまざま.事前にネットでチケットを申し込んでおいたためこの長蛇の列は完全にスルーして,セキュリティ・チェックまでひとっ飛び.まともに並んだら2時間くらいかかりそうな列であったから,どう考えても事前購入が正解である.『アテナイの学堂』『ヘリオドロスの神殿からの追放』など,本で見覚えのある超有名な絵の実物がそこら中の壁一面にあって感銘を受ける.ハイライトはシスティーナ礼拝堂の壁画で,旧約・新約聖書の世界が壮大に描かれていた(残念ながら写真は撮影できず).

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中央は『アテナイの学堂』

今さら感がかなり強いが,付け焼刃的な知識でも良いからキリスト教について多少なりとも勉強しておけば,数段深い理解ができて楽しかったかもしれない.本筋からは全く外れるものの英語の解説などを読んでいると新しい発見も数多くあり,たとえばPassionが「受難」と訳されることを初めて知った.よく見かけるパッションフルーツとは情熱と何の関係もなくて,花が十字架に見えるからついた名前らしい.またThe Immaculate Conceptionで「無原罪の御宿り」とか.immaculateなんていう語,普段はまず見かけないかと思いきや,医学用語としてmacula densaなどに見られるmaculaは「斑」とくに「黄斑」だから,immaculateで「斑(汚れ)のない」となるわけか,なるほど.conceptionはおなじみの用語にしても,ceiveという形態素は「取り入れる」という意味なので,「受胎」から「(考えが)頭に浮かぶ」へと語義が派生していくようだ.特殊な宗教用語を学ぶと,語学的な関心も自然とそそられる.

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『無原罪の御宿り(The Immaculate Conception)』

 サン・ピエトロ広場のそばにある郵便局で記念にバチカンの切手を買った後,少々予定を変更しサンタンジェロ(Sant'Angelo)城の方角へ歩く.後ろを振り返ると,大聖堂が遠ざかってゆく.いつの間にか天気は崩れていて,陰鬱な曇天.『歩き方』に載っていたLe montecarloというピッツェリアを目指して橋を渡る.30分ほど歩いただろうか,ようやくたどり着いた目当てのピザはさすがといった美味さで,ワインが進む.値段も手ごろで,満足度は高い.食後,ナヴォーナ広場やパンテオンを巡っていると驟雨に見舞われた.この周辺はローマの中でも古い地区のようで,歩いていると旧市街独特の趣を感じる.教会や聖堂を単発で撮るなら話は別だが,町並みを撮るなら実は曇りや雨の方が良いことも多い.Giolettiというジェラート屋で休憩した頃には雨も上がり,北上してスペイン広場に出た.

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曇天の街を散策
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ナヴォーナ広場,パンテオン.衛士はさすがサマになっている

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スペイン広場.『ローマの休日』で写ったような逆アングルが普通なのだろう

午後は地下鉄で移動した後,コロッセオ,真実の口,フォロ・ロマーノなどの有名どころを歩き回る.ここから先はメモが途切れていて,具体的にどこをどういう経路で回ったのか,写真を眺めても記憶が戻ってこない.そういえば,地下鉄の車内で同行者全員がまとめてスリ集団に遭遇したのだった.満員電車を装い集団で攻めてくるタイプで,予備知識通りのいかにもな感じであった.顔貌はみな東欧系の出で立ちだっただろうか.日本語で威嚇するとあっという間に離散,下車していき事なきを得たのだが,前夜のテルミニ駅周辺の様子といい,観光客を狙った軽犯罪が多発する状況といい,この国の暗部もよく見えてくる.

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コロッセオ.天気がぱっとしないのが残念
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フォロ・ロマーノで往時の栄華に思いを馳せる.右はヴェネツィア宮殿

一日中歩き回ったので,さすがにくたびれた.夜はこれまた『歩き方』に載っていたテルミニ駅からすぐそばのトラットリア(名称失念)に入る.家庭的な雰囲気の店で,疲労した身体に沁みわたる味であった.

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夕食にありつく

ヨーロッパ鉄道周遊(2) アマルフィ(2015.02.26)へ続く