オーストリア・ドイツ旅行(3) アッヘン湖(2018.09.25)
2018.09.25
Wien Hbf 0630 → Jenbach 1027
RJ 660
Jenbach 1045 → Seespitz 1135
Achensee Bahn
Seespitz 1155 → Pertisau 1210
アッヘン湖(Achensee) 遊覧船
ペルティザウ(Pertisau)観光
Pertisau 1535 → Seespitz 1550
アッヘン湖(Achensee) 遊覧船
Seespitz 1600 → Jenbach 1642
Achensee Bahn
Jenbach 1731 → Salzburg Hbf 1902
RJ 769
旅も4日目,西への大移動である.宿はザルツブルクに取ってあるのだが,そのさらに先,イエンバッハ(Jenbach)まで足を延ばし,現存する最古の歯軌条鉄道とともにアッヘン湖(Achensee)を訪れる.Ibisの朝食がとれなかったのは残念だが,スーツケースを転がし,6時半に中央駅を出るレイルジェットに乗車.ザルツブルクを通り越してイエンバッハまでは4時間弱の長旅である.朝食にはやや重いが,食堂車でターフェルシュピッツを食した.車窓を眺めながらテーブルで食事ができるというのはやはり楽しい.長距離の移動もさほど苦ではなくなる.
イエンバッハには定刻で到着した.しかし以前の卒業旅行でも感じたことだが,ÖBB(オーストリア連邦鉄道)は「しっかりしている感」が随所に滲み出ている.Web上で路線図や路線時刻表のPDFが公開されているし,車両や駅設備も洗練されている.SNCF(フランス国鉄)やTrenitalia(イタリア鉄道)では,そうはいかない.さて,駅のコインロッカーにスーツケースを預け,18分の接続でアッヘンゼー鉄道(Achenseebahn)に乗り換える.ラックレールを用いた登山鉄道の中では現存する世界最古の鉄道らしく,しかも100年プレーヤーの蒸気機関車が今なお現役で稼働しているというから驚きである.いかにも電化大幹線といった風情のÖBBのホームの片隅に,小柄な機関車が後押しするかわいらしい登山列車がひっそりと停車していた.
昔から鉄道員をやっているといった風貌のおじいさんが往復切符を売ってくれた.硬券である.駅務室や出札窓口やホームには全体としてヲタ-friendlyといった感じの和やかな雰囲気が漂っており,記念撮影も快く引き受けて頂いた.平日ということもあってか観光客でごった返しているわけでもなく,ご老人ばかりで構成された10人程度の国内ツアー客が乗っているくらいだった.当然ながら日本人はいない.まあこんなマニアックな観光地,そうそう訪れる人はいないだろう.
イエンバッハを発車した列車はすぐにラックレールの線路に入り,ガタガタ,ゴトゴトという独特の音を奏でながら,かなりゆっくりした速度で急坂を登ってゆく.客車の座席は質素な木製のベンチで,粗雑な振動が座面から直に突き上がってくる.駅でひと目見たときは愛らしい機関車だと思ったのだが,ブラスト音を響かせ,喘ぎながら坂道をよじ登り,そして列車をぐいぐい押し上げる姿は,まさに生きた動物の表情そのものであった.水を飲み,石炭を食べ,莫大な熱量とともに邁進するその獣の息遣いを間近に感じ取って,あ,やっぱり蒸気機関車なんだなと,妙に納得した.
勾配区間を終えたところで麓へ下る列車との交換があった.ここで推進運転は終了し,機関車は先頭へと移動した.吹き抜ける秋風は心地よく,高原らしい青空が広がる.サイクリングをして列車と並走する人もちらほら見かける.さぞ爽快なことだろう.牧草地に敷かれた平坦な線路を滑るようにしてしばらく進むと,いよいよ目的地のアッヘン湖が見えてきた.
ここはチロルのフィヨルドととも称される美しい湖で,エメラルドグリーンの澄んだ水が静かに湛えられている.湖を取り囲む雄大な山並みも魅力的で,天候に恵まれたのも相まって心を洗われるような気分だ.湖畔には小さな村がいくつか点在していて,遊覧船が各々を結んでいる.船着き場はやや混雑しており,バスや自家用車で山を登ってきたと思しき観光客が大半を占めているようだった.我々を含む登山列車の乗客もそこに混ざり,北へ向かう船を待った.どうやら年齢層が高めのオーストリア人がほとんどで,外国人はほぼいないようである.風光明媚で長閑な田舎の村に遊びに来ている,といった具合なのだろう.
ペルティザウ(Pertisau)という船着き場で下船した.湖畔を散策するだけですがすがしい.ここは山間部のわずかな平地となっており,草原やら教会やら,いかにも牧歌的な風景がそこかしこに広がっている.立ち並ぶ家々はチロルらしい木造家屋で,とくにベランダに立ち並ぶ鮮やかな花壇はこの地方独特の装飾と思われた.事前の情報は少なかったのだが,一応調べておいたDorfwirtという店で昼食をとることにした.ホテルとレストランを兼ねた店が多く,郷土料理を手軽に楽しめるようだ.英語はあまり通じなかったが店員は気さくでサービスも良く,何より湖で獲れたマスのグリルが実に美味しかった.その他,ビールを飲みながら素朴なチロルの料理を楽しむ.
何か特別な観光名所があるというわけではないのだが,村内を歩くだけで楽しい.登山鉄道で行き着いた先に,見知らぬ湖と美しい村があるとは,何とも旅情をそそる話である.湖畔にはヨットがちらほら停泊しており,リゾート地の様相を呈していた.もしかしたら別荘を構えている人もいるのかもしれない.3時間あまりの短い滞在の後,15時台の船で駅へ戻る.桟橋でふと見かけた反対方面の終着地はショラスティカ(Scholastika)といい,どこかドイツ語離れした語感の地名である.
湖を後にするのは名残惜しいが,再びアッヘンゼー鉄道に乗り,約40分をかけて麓のイエンバッハまで下っていく.この客車には通路というものがなく,車外に設けられた外付けのステップをつたって車掌が回ってくるという独特のスタイルで検札が行われている.列車の速度は遅いとはいえ,振り落とされたら大変である.しかしまあ,慣れた手さばきと軽快な足取りで入鋏していった.下り坂にさしかかると,列車は転がりすぎないよう制動をかけながら走っていく.やがて景色が開けると,夕方の順光に転じた丘や麓の町が見えてきた.7kmに満たない道のりだが,440mの高低差を移動したことになるらしい.アッヘン湖までは道路が開通している中,この鉄道が車齢130年の現役の蒸気機関車とともに保存されていることは驚嘆に値する.
イエンバッハでは小一時間の余裕があったので,撮影に興じた.アッヘンゼー鉄道のロゴマークは歯車を象ったもので,なかなか洒落ている.この地には小さいながらも力持ちの老機関車たちが愛されながら棲んでいて,来る日も来る日もラックレールを噛みながら客車を押し上げ,酔狂なヲタや奇特な観光客たちを湖へと運んでいる.何と健気な姿であろう.19世紀の姿をほぼそのまま現代に伝えており,生きた化石ともいえる.隣のÖBBのホームには,最新鋭のユーロスプリンター率いる高速列車が日々せわしなく行き交っているわけだが,ここだけは違う時間が流れているらしい.
ザルツブルクまではレイルジェットでおよそ1時間半.先ほどの登山鉄道とは比べものにならない恐ろしいスピードで夕空の下を駆け抜け,着いた頃にはすっかり日が暮れていた.駅から少し歩いたところにある宿にチェックインし,PitterKellerという居酒屋で夕食となった.当地のビール,Stieglを飲みながら旅の思い出に浸る.