さらば九州ブルトレ(2)(2009.03.14)

04時30分,起床.もっと眠っていたいところではあるが,昨夜東京で見送った最終列車を見送るには,そろそろ出発せねばならない.

 新山口502 → 戸田531

山陽本線2526M モハ115-2029

夜の明けない駅前は閑散としてまだ真っ暗.昨夜の雨は既に上がったようである.上りの始発列車に乗り込んだ.戸田(へた)駅で降りたのは私一人であった.

何故ここで降りたか.山陽本線は海線と呼んで差し支えないのかもしれないが,実際に海に面する区間はわりと限られる.その中で,戸田~富海(とのみ)間は,山陽本線は周防灘にかなり接近して走る.富士・はやぶさは瀬戸内海に別れのホイッスルを吹鳴しながらこの地を駆け抜けるだろう.まさに,山陽路で朝を迎えた最終列車を見送る場所にふさわしいと考えたのである.

四郎谷という有名撮影地も存在するこの区間だが,若干遠いので今回は諦めることにした.向かったのは,桑原という小さな漁港.これまでにいくつか作例を拝見したことがあったのだが,その漁港の表情などを絡められるところに魅力を感じていた. 

駅前には国道2号線が走る.途中で脇道に逸れ,桑原漁港への道を歩く.電灯が少ないため,道は真っ暗でやや恐ろしい雰囲気である.奥の闇に向かってひたすら歩くこと20分あまり.山陽本線を跨ぐところまでやって来ると,線路がカーブしたその先に,本当にかすかなのだが,暗い水平線を目にした.周防灘である.その後は下り坂で,小さな集落に行きつく.視界が開けると,そこは未明の漁港.人々はまだ眠っているようだ.点々と並んだ電灯は,突堤に並んだ灯り.静謐な早朝だ. 

西側にある突堤の先端まで向かう.昨夜の雨の水たまりが残っている.海はすぐ下の足元.入り江の波は穏やかで,海面は黒々と揺れている.潮風は非常に冷たく,凍える思いで列車を待つ.漁港の風景を添えて,まずは貨物列車や普通列車などを撮影する.運行情報を確認してみると,どうやら最終富士・はやぶさは100分ほど遅れて走っているようだ.ということは,この先の行程を繰り下げねばならない.ようやく朝日が昇って来たが,やはり非常に寒い.辺りには,釣り人の姿が2人ほど見えるのみ.遠くを見渡せば,海岸線が美しい.この漁港からは岬に隠されて見えないが,一つ西側の入り江である四郎谷からは,人間魚雷回天の悲哀をこめた大津島が見えるという. 

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瀬戸内海に別れを告げながら,朝を迎えた最終列車が山陽路を駆け抜ける

到着したのは6時過ぎであるから,結局3時間弱も待ったことになる.富士・はやぶさはようやくやって来た.汽笛が聞こえる.海に別れを告げているのだろうか.EF66に率いられ,青い客車の長大編成が漁港の真上を駆け抜けてゆく.東京発の特急列車,毎朝の風景も,今日限りである.最後は,突堤の西側から望遠で撮影.桑原漁港通過から1分あまり経つと,青い列車はトンネルの合間に姿を現して,やがて山の中に消えていった.

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青い流星のごとく,走り去って行った

最終列車の通過直後に日が差してきた.のどかな朝の漁港.しばらくここでのんびりしても良さそうだが,列車を追いかけるべくまずは戸田駅まで戻らねばならない.もと来た坂道を登り,桑原の集落を後にする.途中で老婦人とすれ違う.「富士を撮ったの?」と訊かれる.地元の日常に定着していた富士・はやぶさの姿を垣間見た.そんな九州ブルトレも,もう先刻行ってしまったのだ.すると,郵便局のバイクが集落へ向かって駆け下りていく.今日最初の配達だろうか.跨線橋の近くまで戻ると,青い水平線が彼方に覗いていた.来るときは暗すぎて分からかなかったが,美しい場所である.

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惜しいかな,直後から晴れてきた.大幹線のすぐそばに息づく小さな集落

 

 この記事は,過去の紀行文を加筆修正したものです.